#14 脚本作業 樹海体験①

2013年5月22日

生涯48本の監督作品を残した新藤兼人監督は、230本を超える脚本を書いた名脚本家でもあった。「脚本家たるもの一年に一本はオリジナルシナリオを書かないとダメです」と、常々後進に言っていたそうである。天才であっても<オリジナル脚本>を書くのは至難の業なのだろう。「ドラマも人生も発端・葛藤・終結の3段階で構成される」がシナリオ作法と語っている。

また、生涯261本という驚異的な数の劇場映画の監督・製作をしたマキノ雅弘監督は、自伝『映画渡世・天の巻』で「ホン(脚本)と役者さえよければ、誰でも名監督になれる」と記述している。つまり演出家の能力が多少劣っていても、名脚本と名役者が揃えばそこそこの映画は完成する。言葉を返せば脚本がつまらなければどんな優れた演出家も駄作を作る事になるということだ。

今回から脚本作業について記述していく。

通常は着想を得たあと、シナリオハンティングで様々な情報を入手し、そして、シノプシスやハコ書きを作成する、というのが流れである。そして構成を吟味しようやくシナリオを書き始めるものだが、今回は、聞いた話だけで、第一稿を書き上げた。

「事実」はとても重く興味深いものであるが、時としてつまらないものものもある。今回はまず想像力だけで第一稿を書きあげ、その上でシナリオハンティングし推敲して行こう、と決めていた。

2011年、富士山麓の雪解けを待って、初めて「樹海」に足を踏み入れた。同行してくれたのは、今回の映画の発端を提供してくれたフリーディレクターのSさんと、助監督の岡村 拓。3泊4日の行程で、樹海とその周辺を徹底的に歩き廻った。

「樹海」への道順は車だと「中央高速」で河口湖インターで降り、139号線で本栖湖方面へ20分ほど走ると「富岳風穴」というバス停が見えてくる。大型の駐車場が完備され、おみやげ屋や売店がある。ここが「樹海」への入り口。近くに夏でも溶けないという氷柱が立つ名物の風穴がある。観光客はこの風穴の中に入ったあと、樹海の中の遊歩道を歩き森林浴をする。一見どこにでもある観光地である。しかし、一歩奥へ足を進めると、自殺防止の立て看板が眼に入ってくる。中には「勝手に死ねよ!バカ」などの落書きや、その横にはサラ金の相談窓口の看板なんかもあり、異様な雰囲気を醸し出し始める。

 

樹海入口付近にある自殺防止を訴える看板

樹海入口付近にある自殺防止を訴える看板

まず、S氏たちは、どのようにして「自殺志願者」を見つけ出していったのか?

S氏によると「樹海」に来る自殺志願者のほとんどはバスに乗ってやって来る、という。「富岳風穴」に来るバスは新富士方面と、河口湖方面から1日かなりのバス便がある。そしてその周辺には8~12ケ所のバス停があった。彼らは、このバス停のどこかに身を隠し、自殺志願者が来るのをひたすら待ち続けた、というのである。

 

S氏たちが使っていたバス停の地図

S氏たちが使っていたバス停の地図

・・・私もバス停にまる1日「張り込み」をして見た。じりじりとした気の遠くなるような時間・・・。夜8時の最終便まで粘ってみたが幸いにして「自殺志願者」は現れなかった。こんなことはざらで1ケ月でひとりも会わなかった事もあるという。彼らはそんな時、どんな会話をしていたのか?何を思っていたのか?自分の行為を疑問に思ったことはなかったのか?S氏に何度同じ質問をぶつけた事だろう・・。「仕事です。テレビ番組を作のが仕事ですから・・。でも、助けてくれて有難うと言った人もいました。その時は、正直良かったと思いました・・・」口数少なくS氏は呟いた。

 

自殺志願者の多くは、こうしたバス停に降り立つ、という。

自殺志願者の多くは、こうしたバス停に降り立つ、という。

翌日、初めて樹海に入った。S氏はコンビニで買って来た「荒塩」を、胸ポケットに忍ばせておくようにと懐紙に包んでくれた。こうしとけば祟りなどないと云う。命綱をし、森へ入った。湿度90%もあろうかと思える粘着質な緑の匂い、行く手を阻む倒木、溶岩石に貼りついた無数の苔、足場は悪い・・。

s-0527-樹海遺留品実景2-_MG_0068

100mほど奥に入って出口の方向をみると、同じ風景が続き、まるで万華鏡のような世界が広がっていた。ウーン「迷いこんだら二度と出る事が出来ない森」これはまんざら噂ではない、と思った。

「樹海」・・・木々が風に揺れると海原でうねる波のように見えるところから、「樹の海」と呼ばれるようになったらしい。畏怖の念をこめた先人の警鐘なのか・・。

さらに奥に足を進める。

樹海入口から700mほど入った所に、広い窪みが広がっていた。

樹海入口から700mほど入った所に、広い窪みが広がっていた。

S氏は勝手知ったる我が庭のように、奥へ奥へと入っていく。すると、急な坂を上り切ると巨大な溶岩石に囲まれるように窪みが広がっていた。「見て下さい」とS氏。指先に目をやると白骨化した手首のようなものが地面にあった。ここは自殺ポイントのひとつで、かなりの人がここで最期を迎える場所だという。

s-0527-首吊りロープ-_MG_0055その付近にはレンタルビデオ屋のカード、傘、靴、メガネ、下着・・などが散乱していた。少なくともここで人が生きていた証があった。私は、自殺する場所はもっと樹海の奥、最深部と思い込んでいた。自殺を思い止まり脱出しようと思えば可能な距離の場所を、多くの人が<最期の場所>にしてことに驚いた。

そして、一番眼をひいたのは「樹海」の生態系であった。「死の森」はまさに「生の森」であったからだ。

 

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